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和歌山家庭裁判所 昭和42年(家)764号 審判 1968年2月19日

申立人 山下幸夫(仮名)

和歌山市長

相手方 宇治田省三

主文

本件申立を却下する。

理由

一、本件申立の趣旨は「和歌山市長が昭和四二年八月三日本籍和歌山市○○○町○○番地筆頭者松田春子同籍幸夫(申立人)を同戸籍から除籍した処分の取消を求める」というのである。よつて調査の結果当裁判所が認める本件の事実関係は次の通りである。

(1)  申立人は本籍和歌山県有田郡○○町大字○○△△△番地山下儀一と、上記松田春子との間に生れた婚外子であるが、昭和一七年二月二日上記儀一からの出生届出によりその戸籍に入籍した。

(2)  申立人は昭和四二年二月二五日母の氏を称する入籍届出をなし、これにより上記春子の戸籍に入籍した。

(3)  上記儀一と春子とは、昭和四二年七月三一日夫の氏を称する婚姻届出をしたのでこれに伴ない和歌山市長は申立人の戸籍を上記春子の戸籍から除籍した。

以上の事実によれば和歌山市長は既に申立人の戸籍を除籍する記載をしているのであるから、申立人が求めうるのは戸籍法第一一八条による処分の取消ではなく、除かれた戸籍の回復を目的とする戸籍の訂正でなけれはならない。よつて本件申立の趣旨を戸籍訂正の申立の趣旨に転換した上、その当否を判断する。

二、民法第七九〇条の規定は子が所謂準正により嫡出子たる身分を取得した場合にも等しく適用せらるべきであり(昭和三五年一二月一六日民事甲第三〇九一号民事局長通達参照)、このことは応急措置法施行前に存した家の制度とは何ら関係のないことである。そこでこの原則を本件に当てはめて考えると、上記認定の事実によれば申立人は上記儀一、春子間の婚外子であつたが、右両者の婚姻により嫡出子たる身分を取得したものであるから、父母の氏である山下を称しその戸籍に入籍すべきであり、そのように処理した上記和歌山市長の戸籍記載行為(以下本件記載行為という)は至当である。ただ本件においては申立人が一旦称していた父山下の氏をその意思に基づいて、母松田の氏に変更したという事情が介在する点において通常の場合と異るけれども、右事情の介在により上記原則に変更を来たすものではない。この点に関する申立人の主張は、子が一旦自らの意思により父母の一方の氏を選択した以上、本人の意思に基づくのでなければこれを変更し得ないというにあるが、氏の決定につき子の意思が尊重せられるのは父母が氏を異にする場合に限るのであつて、本件の如く父母が同一の氏を称している場合には、いずれか一方の選択ということはあり得ず、従つて子の意思が働く余地はないのであるから、上記申立人の主張が理由のないこと明らかである。

三、申立人は本件処分の結果申立人が松田の氏を称し得なくなつたことは、もし申立人が父母の婚姻前に分籍しておれば、右婚姻と関係なく松田の氏を称し得たであろうことと対比し均衡を失することを理由に、本件の如く子が父母の一方の戸籍に在籍している場合でも、父母の婚姻によつて当然には氏の変更を生じない取扱をなすべきであると主張する。思うに準正子も亦父母の氏を称すべしとする前記の原則の適用は、当該準正子が分籍により新戸籍を編製していると否とによつて差異を来すものではない(昭和三五年一二月一六日民(ニ)発第四七二号民事局第二課長依命通知参照。現行法の解釈としてはこのようにならざるを得ない。立法論としては考慮の余地があろう)。しかるに実際には父母の婚姻に先だつて子の分籍がなされている場合には、父母が婚姻届出をなすに当り分籍した戸籍につき筆頭者氏名欄の更正申出を怠ることがあり、そのため市町村長において、右戸籍の所在を捕捉することが困難なときは、右戸籍の氏を旧のまま放置して差支えないとする取扱となつているのである(昭和三七年八月一七日民事(ニ)発第三三九号民事局第二課長回答参照)。ここに申立人主張の不均衡を生ずる余地が存するのであつて、この点に鑑みるときは右の取扱の当否は頗る疑問としなければならない。しかしながらこの問題とはかかわりなく、申立人の上記主張を採用することはできないのである。何となれば該主張は結局のところ名を不均衡の是正に藉りて準正子を民法第七九〇条の適用の範囲外に置かんとするものであつて現行法の解釈上到底是認し難いところであるのみならず、不均衡の是正は準正子が父母の氏を称することを廃止する方向においてでなく、市町村長に対し戸籍の捕捉と更正とを義務づけることによつて準正子が父母の氏を称することを徹底せしめる方向においてなされなければならないからである。

四、申立人は本件記載行為が家庭裁判所の氏変更許可の審判手続を経ずしてなされたことを似て、手続上瑕疵ありとなし、この点を非難するけれども、準正によつて嫡出子の身分を取得した者が父母の氏を称すべきことの結論が明白である以上、家庭裁判所の許可という迂路を経ることなく、当該婚姻届出によつて、準正子となる者を直ちに父母の戸籍に入籍せしめる取扱を認めた前記昭和三五年一二月一二日民事甲第三〇九一号民事局長通達は至当でありこの取扱に従つてなされた本件記載行為に瑕疵はないから申立人の右非難は当らない。

五、よつて本件申立は理由がないからこれを却下することとし主文の通り審判する。

(家事審判官 入江教夫)

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